大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和41年(わ)1942号 判決 1981年8月26日

本店所在地

神戸市中央区海岸通五丁目一番一六号

甲陽運輸株式会社

(代表取締役 三島正治)

右被告会社に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は検察官井本昌弘出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告会社を罰金八〇〇万円に処する。

訴訟費用中、証人北野清司、同柴田耕作に支給した分の二分の一を被告会社の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は神戸市中央区海岸通五丁目一番一六号に本店を設け、港湾運送事業を主目的とする株式会社であり、田岡一雄は昭和二八年一月九日から昭和四一年六月二〇日まで被告会社の代表取締役としてその業務全般を掌理していたもの、岡精義は昭和二八年一月九日から昭和四一年五月三一日まで被告会社の監査役の地位にあって事実上その常務を統轄していたものであるが、田岡一雄及び岡精義は共謀のうえ、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て

第一、昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が九、六七八万八、二二二円であったのに拘らず、日雇労務賃及び下払作業料を架空計上するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿したうえ、同年六月一日、所轄神戸税務署において、同税務署長に対し、所得金額が七、〇八五万八、二八〇円であり、これに対する法人税額が二、六〇七万二、三一〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって被告会社の右事業年度の正規の法人税額三、五九二万六、一六〇円との差額九八五万三、八五〇円を免れ

第二、昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が七、〇五〇万二、七九八円であったのに拘らず、前同様の方法により所得の一部を秘匿したうえ、同年五月三一日、前同所において、前記税務署長に対し、所得金額が三、八七四万四、七六四円であり、これに対する法人税額が一、四二四万二、一九〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって被告会社の右事業年度の正規の法人税額二、六六八万九、三九〇円との差額一、二四四万七、二〇〇円を免れ

第三、昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一三、九五四万七、七二五円であったのに拘らず、日雇労務賃を架空計上するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿したうえ、同年五月三一日、前同所において、前記税務署長に対し、所得金額が一一、五四三万二、一八五円であり、これに対する法人税額が四、二一六万三、七三〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって被告会社の右事業年度の正規の法人税額五、一〇八万六、二八〇円との差額八九二万二、五五〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、証人三島正治(第三〇回)、同山崎朝常(第三二回)、同小原久吉(第三三回、第三四回)、同木藤清志(第三五回)、同柴田耕作(第三七回、第三八回、第三九回)の各公判調書中の各供述部分

一、当裁判所の証人北野清司に対する昭和四九年一月一八日付尋問調書

一、岡精義の検察官に対する昭和四一年九月二七日付、同年一〇月二二日付、同年一一月二一日付、同年同月二二日付、同年一二月一日付、同年同月五日付、同年同月一五日付各供述調書

一、木藤清志、栗原正道の検察官に対する各供述調書

一、神戸税務署長作成の各証明書三通

一、株式会社大和銀行神戸支店作成の岸本春久外二件の普通預金取引についてと題する書面

一、神戸地方法務局登記官梶哲雄作成の昭和五五年三月一五日付登記簿謄本

一、押収してある昭和三八年度下払作業元帳一冊(昭和四八年押第一八九号の1)、手配帳一冊(同号の2)、日雇労務者賃金明細表一冊(同号の3)、日雇賃金台帳九冊(同号の4)、元帳一冊(同号の5)、昭和三九年度下払作業元帳一冊(同号の6)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は判示第一及び第三の事実につき、逋脱額を算出するにあたり、その前提として日雇労務賃の架空計上額を仮名預金への入金状況により把握することは、右仮名預金口座へ裏金以外の金員が混入したり、重複入金しているものもあって、正確を欠く旨主張するが、証人北野清司(当裁判所の昭和四九年一月一八日付尋問調書)、同小原久吉(第三三回公判調書中の供述部分)が共に当公判廷で本件逋脱額算定の根拠である仮名預金口座に架空人夫賃以外の金員を入金したことはない旨明言しており、又証人柴田耕作の第三九回公判調書中の供述部分によると、右判示第一及び第三の年度分とは異り帳簿が存在するため、これにより算出したことから弁護人においてもより正確とされる判示第二の年度分についても、試みに仮名預金通帳に基き逋脱額を算出してみたところ、帳簿による算出額を大巾に下回ったというのであり、判示第一及び第三の年度分の脱税額が右仮名預金への入金額を上回ることはあっても、これに及ばない金額であるとは到底認め難く、弁護人の右主張は採用できない。

次いで弁護人は判示第二の事実につき、逋脱額算定の資料となった日雇賃金台帳に記入してある出面の人数は、手配師一名につき労務者二名ないし三名分の労務賃を上積みして支払う慣行があったので、正確な実人数を反映していない旨主張し、証人三島正治の第四一回公判調書中の供述部分、証人北野清司に対する当裁判所の昭和五〇年一〇月二〇日付尋問調書には右主張に添うが如き供述部分があるが、右は手配師に対する水増人夫賃を二人分と述べたり、五人分と証言するなど区々であるうえ、いずれも公判段階に至って始めて右の如き慣行を持ち出してきたもので、若し同人らが捜査段階で右の如く供述していたなら、捜査官は二次的方法として判示第一及び第三と同様に仮名預金口座に基き逋脱額を算出すれば足りたことを思えば、同人らの公判段階での右各供述は措信できず、弁護人の右主張は採用し難い。

又、弁護人は判示第三の事実につき、不正行為をなしたとされている岡精義が、判示虚偽の確定申告のなされた昭和四一年五月三一日より以前の同年四月一九日から別件の恐喝罪で勾留されていたため、右申告に関与しておらず、被告会社には刑責がない旨主張するが、本件が確定申告と納期の到来によって既遂となることは所論のとおりであるが、法にいう「偽りその他の不正行為」とは形式的な申告行為のみに限定されず、脱税のための事前の所得秘匿行為も包含されるものと解すべきであり、前掲各証拠によれば、判示第三の年度分についても、同年度中に岡精義よりすでに情を知っている小原久吉らに対し、従前と同様の方法による所得秘匿のための帳簿操作等の指示がなされていたとの事実が認められる以上、岡精義を本件不正行為の主体とみることに支障はなく(しかも法は会社の使用人その他の従業員の何人が不正行為者であるかを問わない)、右主張も又理由がない。

更に、弁護人は本件裏金から小原久吉、木藤清志、三島正治に対し支給された金員は、同人らが実質上の役員でないので賞与に該当せず、従業員に対する給与として損金に計上されるべきものである旨主張するが、前掲各証拠によると、右小原ら三名はいずれも登記簿上取締役であって従業員の身分を併有しているに過ぎないうえ、前記報酬は本件脱税に対する口止め料の意も含めて正規の給与とは全く別に支給されていたことは明らかで、しかも右報酬は会社の公表経理外で秘密裡に支出されたものであって、利益処分と解するのが相当である。

尚、弁護人は本件脱税行為はすべて岡精義が独断で敢行したもので、田岡一雄はその相談を受けたことも、右脱税による裏金を受領したこともない旨主張するので付言するに、田岡一雄は当公判廷或は検察官に対する供述調書において弁護人の右主張と同旨の供述を繰り返しているが、一方岡精義は検察官に対する昭和四一年九月二七日付、同年一〇月二二日付、同年一一月二一日付、同年一二月一日付各供述調書において、人夫賃の水増しによる裏金づくりは、昭和三七年頃、田岡一雄より「同業者から甲陽は税金を払い過ぎていると言われているので、自分が使える金を甲陽の収入から落してくれ」との話があったことから始まったもので、その後昭和三八年九月から月平均五、六〇万円の脱税による裏金を田岡方へ持参していたもので、若し田岡一雄に内緒で裏金を横領すれば、当時右裏金づくりに従事していた田岡一雄の甥である田岡正義を通じて直ちに田岡一雄の知るところとなる旨詳細に供述し、加えて木藤清志の検察官に対する昭和四一年一一月一二日付供述調書によると、昭和四一年四月岡精義が逮捕された後、小原常務が裏金である架空預金九四〇万円余りをまとめて田岡一雄方に持参し、同年五月以降裏金づくりを継続するか否かを同人に相談している事実が認められ、右経緯からすると、同人を含む被告会社の役員ぐるみで本件が敢行されたことは明らかで、岡精義が田岡一雄に隠れて本件脱税行為に及んでいたものと思うとの田岡文子の検察官に対する供述調書中の供述部分は措信し難く、弁護人の右主張も又採るを得ない。

(法令の適用)

被告会社の判示第一、同第二の各所為は法人税法附則二条、一九条により昭和二二年法律二八号(旧法人税法)五一条一項、四八条一項、一八条一項に、判示第三の所為は昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項、七四条一項二号に該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罰金額を合算した金額の範囲内で被告会社を罰金八〇〇万円に処し、刑事訴訟法一八一条一項本文により訴訟費用中、証人北野清司、同柴田耕作に支給した分の二分の一はこれを被告会社に負担させることとする。

(裁判長裁判官 梨岡輝彦 裁判官 阿部功 裁判官 井戸謙一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例